学校選択制は、「ダメな学校」を構造的に作り出す
【サイトーのちょっと長い注】
「私学の扱いを考えずにバウチャー制度の検討を行うことは、公立にとって一方的に不利になる」理由を、サイトーなりに噛み砕いてみます。
「授業料徴収の自由」とは、「バウチャーのみで授業料を賄う」「バウチャーでは足りない分は別に徴収する」「バウチャーの有無にかかわらず、同額の授業料を徴収する」という選択を、私学側に任せるということ。「選抜の自由」とは、入試を行うかどうかを学校側が選べる、つまり“現状”のままにしておけるということです。では、学校側に「選抜の自由」を与えないとどうなるかというと、例えば試験ではなく、入学希望者に対して「抽選」を行う、ということになります。
バウチャー制度の導入に際し、私学に対して「授業料徴収」と「選抜」の自由を与えない場合は、生徒(と生徒の家庭)の能力や事情とは無関係に入学者を選ぶことになる。この場合、私学と公立とが競うポイントは、まさに「教育の内容」のみとなります。自由度を保持したままでは、「教育に関心の高い、裕福な家庭」の「試験の点が高い子」を私学側が集めることができる(これが現在の状況)ことに加えて、彼らに与えられたバウチャーが私学に与えられる分、公立に回る配分が減ってしまうわけです。


